虹色の月、広報担当のyasucoのblogです
by teotsunagou
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9月30日 ママだけランチ会
a0145374_23472193.jpg



9月30日のママだけランチ会の様子です。

こんな感じで、止まないマシンガントークが繰り広げられます003.gif

初対面という方もいたのですが、やっぱり同じ悩みを持つ者同士。

いっぱい話したい事・聞きたい事があってなかなか終われないランチ会なのです037.gif
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by teotsunagou | 2009-09-30 16:42 | ランチ会の様子
【A-ちゃん】の道のり②
①からの続きです・・・


そんなこんなで1歳半健診の時でした。

区の保険センターへ健診に行き、凄い人の中凄い待ち時間・・・。
A-ちゃんは、せっかく用意されてる手作りおもちゃのコーナーで遊ぶ事なく、

他の子達のベビーカーをひたすら移動させたり、

椅子の上でピョンピョン跳ねたり、

事務所の中に入ろうとしたり、脱走を試みたり・・・

それを止めようものなら、凄い人がいる中、「キャアァーーー!!!」っと絶叫・大泣き!!


もぅ・・・泣きそうでした・・・。


覚悟はしていました。
日ごろから、近所のスーパーへ買い物に行くにもペビーカーに乗せようものなら大泣きで、
公園に行ってもみんなの中に入るわけでもなく、ただひたすら歩きまわって、水飲み場に執着。

帰ろうと言ってもベビーカーに乗るはずもなく、買い物したものをベビーカーに乗せて
大泣きして硬直している我が子を抱えて汗だくで帰宅。


なんてマイペースな子なんだ・・・。


そう思いながらも、スーパーへの買い物も、公園へ遊びに行くのも億劫になっている日々でした。


そして、
公園でもちょっとだけ思っていたけど・・・

1歳半健診

違ってても半年以内の歳の近い子が集まっているこの集団のはず。


・・・

なんかママが言ってることわかってる子がほとんどなんじゃない?
1歳半ってそーゆーものなの???


そんな集団を見て、

「マイペースな子」から「うちの子・・・ちょっと変わってる」

に変わったんです。


それでも、身体測定は無事に終え、あとは育児相談のみとなりました。
もー・・・2時間近く動きまわって
「A-ちゃん駄目よ!」「A-ちゃん待って!!」っとか言っても無視だし
なんかもうヘトヘトです・・・。
子供がおとなしく座っていて、本とか読んでるママとかもいて、

心の底から羨ましい光景でした。(ノ◇≦。)

そして、A-ちゃんの番。

「言葉は出ますか?」という問いに、「いやとかは言ってる気がします」

「何かの要求がある場合は本人どうしてるんですか?」という問いに、
「私をその場に連れて行って、ほしいものへ私の手を運びます」←今でこそわかるバリバリのクレーン

「積み木を積み上げてみようか?」と言われてるけど、もちろん無視。
積み上げてるのを見せると、同じように積み上げていきました。

「育児が大変ですか?」という問いに、「初めての子なのでよくわかりません」

「言葉の学校というのがあるのですが、行かれてみませんか?」

っと言われ、

それが助けの声だということに私は気付かず・・・

むしろ、コイツもか!!

っとムカつきさえ覚え、

「個人差があると思うので、もう少し様子をみます」

っときっぱり断ってしまいました・・・。


この頃、主人や姑さんから

「しつけをしとるんか?」

「甘いんじゃないか?」

「本をちゃんと読んでる?」

「育児は手抜きをしちゃいけんよ」


など、私の育児についての意見があり、育児への自信を失っていました。
なので、保険センターの方の「言葉の学校」の話も、


あぁ・・・

やっぱり私がいけないんだ・・・

私がもっと声をかけて、もっと相手をして、もっと・・・


っと、さらに私を追い詰めるものでしかなかったんです・・・。


この時の私は、「発達障害」という障害を知りませんでしたし、
まさか我が子がそれに当てはまっているなんて思いもしてませんでした。

ただただ・・・


2歳までには言葉を話せるように!!


っと目標を立て、

それまで以上に細かく話しかけ、わかりやすいように声をかけ、
絵本を読んでもまったく無視だけど、一人で読んでみたりもしました。

それでも2歳になっても単語一つでません。

保健センターからの様子見の電話にも、
数少ない・・・っというか、
一回しか聞いた事ないよーな偶然中の偶然だろう的な単語を搾り出し、
無事に言葉が増えているという精一杯の強がりを言い、

「何かあればいつでも電話くださいね」

っという親切な暖かい言葉も、

育児に疲れてる駄目な母への助け舟のよーな気がして、まったく好意的に受け取れませんでした。


それからの私は、

常識のある行動ができるように

っと、

平気で道路に飛び出そうとするA-ちゃんのおしりを叩いたりして激しく怒ったりもしていました。

そして、

いつまで経っても泣き止まないAーちゃんを見て、

どうしていいかわからない・・・

こんな頭ごなしに怒鳴ったりして・・・
お尻叩いたりして・・・

けど、車に跳ねられて怪我でもしたら
悲しすぎて私・・・どうなるかわからない・・・

ごめんね・・・
ごめんね・・・

どうしたらわかってくれるんだろう?


って、一緒になって泣いたりもしていました。


この頃になると、
そんな自分の事が嫌いになり、外に出て近所のママさんに会っても挨拶程度。

誰からの視線も、「私の育児への批判」につながり

外交的だったはずの私が、外に出るのが嫌になっていました・・・。



By.Yasuco

③へつづく・・・
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by teotsunagou | 2009-09-22 20:37 | 診断までの道のり
どん いっぽ。わたしの いっぽ。
年長さんになった、最近のどんの成長のおはなし。


ずっとずっと・・・・
気が進まない要求には、スネる・かんしゃく・脱走で対応してきたどん


10の要求に10反発だったどん
だんだんと、10の要求にわかったよ。と答えるようになり
最近では、くらいの要求を快諾してくれるようになったsei


おおきなおおきな いっぽ。


加配がついてくれたおかげなのか。
療育の効果か。


いずれにしても、おおきな いっぽ。



やっぱり理不尽な要求も、まだまだあるけど。


それくらいはいいんじゃないかって。


想えるわたしも。おおきな いっぽ。



のこりのかんしゃくと、答えてあげられない理不尽な要求。



これがあるから、わたしは問い続けることをやめないでいられる。



わたしの いっぽのエネルギー。



By.Ran
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by teotsunagou | 2009-09-21 00:34 | 成長の一歩
ひろが診断を受けるまで。
はじめまして。ちあきです。

今回は、私の長男ひろが「自閉症」と診断されるまでのあれこれを書こうと思います。

-----------------------------------------------------------------------------------

大学時代、ボランティアサークルに所属していた私は、あちこちのボランティアに参加していました。

子どもからおじいちゃん・おばあちゃんまで。定型発達の子どもから発達障害・知的障害・身体障害のある子どもや成人の方まで。何でもござれ。

勉強そっちのけで、まさにボランティア漬けの日々を送ってました。

大学4年の春、ひろを妊娠してることが分かり、いろいろな葛藤の中、結婚・出産を決意。

大きなお腹で卒論書くために大学に通いあせる卒業を間近に控えた2005年1月、ひろを出産しました。

友達が就職して、社会人として頑張り始める中、私は初めての育児に奮闘。

でも、奮闘といっても、ひろはそんなに手がかかる子じゃなくて、どちらかというと育てやすい子だった気がします。

が、1歳3ヶ月を過ぎて、歩き始めるようになった辺りから「あれ?」と思うことが増えてきました。

・言葉があまり出ない。

・夜泣きがひどくて、生活リズムが大きく乱れる。

・自分の思うようにならないと、癇癪を起こして、いつまでも泣いている。

・家の前を走る市電に執着。乗れないと分かると、ひっくり返って大泣き。

ちょうど引っ越しをしたり、下の子を妊娠してるのが分かった時期でもあったので、「環境の変化のせいとか、赤ちゃん返りもあるんじゃない?」という母や保育士さんをしてる先輩からの言葉に「そうなのかなぁ…」と思いながら、ひやきおーがんを飲ませたりしてみたけど、あまり効果はなく…

1歳半健診の時に相談した保健師さんから「言葉の発達は個人差が大きいから、2歳になった時にまた電話するので、様子を教えて下さいね」と言われて、とりあえず様子見…

振り返ってみると、当時のひろは思いっきり「自閉症」の特徴に当てはまることばかりでした。

ボランティアをしてた時、いろいろな発達障害児と関わっていたのに、でも、この時はまさかひろが自閉ちゃんだなんて全く思いつかなくて汗ちょっとおかしい気がするなーと思いつつも初めての育児だし、癇癪持ちの子ってこんなものなのかな?なんて、何となくのんきにかまえてた私。

ですが、下の子の出産の際に手伝いに来て下さってた義両親から、ひろのあまりにひどい癇癪を見て、

「ちあきちゃん、育て方失敗したね・・・」

なーんて言葉をかけられて、隠れて大号泣したりもしました。

外に出れば市電がどうしても目に入る環境で、近場の買い物も公園も市電乗り場を通らなければ行けない。ひっくり返っていつまでも泣いてるひろに優しく声をかけてくれる人もいれば、ジロジロと嫌な視線を感じることも多々あって・・・

「私の育て方が悪いのかな?」ってずっと思ってたんですよね。。。

結局、下の子が産まれても、2歳になっても、あまり状況は良くなって無くて・・・

保健師さんからの電話で「やっぱり言葉はほとんど出ません」と報告。

区の保健センターで行われている、言葉とか発達がゆっくりな子の通う親子教室に通ってみませんか?と勧められて、月1回の教室に4ヶ月間参加しました。

この親子教室では、癇癪を起こすことなく、とても楽しく過ごせていたのに、来春の幼稚園入園に合わせてあちこちの園庭開放に参加してみると・・・

部屋に入れない。やっとこさ部屋に入っても、他の子どもたちが楽しそうにリトミックをしたり、先生が本を読むのを聞いてるのに、その輪に加われず、参加させようとすると癇癪を起こして大泣き。

「なんで?なんで?なんでひろは他の子ども達と同じようにできないの?・・・」

園庭開放に参加する度にその思いがグルグルして苦しかったです・・・

親子教室の最後の日、保健師さんから「お家での様子を見たいから今度家庭訪問させてください」とお話があり、後日の家庭訪問の時、ついに「療育センターの方に受診してみましょうか?」と勧められたのです。

なんていうか、この時、ちょっとホッとしたんです。

「何かおかしい」って気付いていたけど、自分で療育センターに電話をかける勇気は無かったから。やっと、道が開けるって。

この時が2007年9月。すぐに保健師さんに療育センターの受診予約を取ってもらったのに、初診の予約が取れたのは2007年12月でした。

こんなに療育センターにかかってる人が多いんだねって改めてビックリして、自分が大学生の頃、障害のある子ども達と関わっていたことをいろいろ思い出してました。

「早期発見・早期療育」

これの重要性をすごく分かっていたのに、自分はずいぶん遠回りをしてしまったなーと思ったり。そこからは自分の人脈フル活用です。

この先生がいいらしい!とか、療育センターはこんな所!とかいろいろ教えてもらって、迎えた初診の日。

簡単なテストと問診で「たぶん自閉症的な要素を持っていると思う」とドクターから言われて、やっぱりショックだったけど・・・でも、「良かった、自分の育て方が悪かったからじゃなかったんだ」「これで療育のスタート地点に立てるんだ」ってホッとした気持ちの方がやっぱり強かった気がします。

ちゃんとした診断を出すためのテストを受けて、テスト結果と詳しい診断名を聞けたのは2008年2月のこと。

でも、ここで問題発生。

前に受診されてた人の話がいつまでたっても終わらない。予約時間を大幅に超えてしまって、ドクターも保健師さんも焦っている・・・

結果・・・

「お子さんは『自閉症』です。療育センターの教室を紹介するので、また保育士から連絡があると思います。来春からの幼稚園入園は無理でしょう。療育手帳取れると思うから、児童相談所で手続きしてください」

で終了。

あまりのドクターと保健師さんの慌てっぷりに圧倒されて、何も詳しいことは聞けず・・・

部屋を出てから、沸々と出てくる疑問と不安。

「なんじゃそりゃーーーーー」って思いでいっぱいになりました。

「自閉症」って一括りに言ってもいろんなタイプがあるし、どこが得意でどこが苦手なのか、どう手助けしてやればいいのか、聞きたかったことはいっぱいあったのに、何やってるんだ、自分って凹みました。

療育手帳交付のために、また違うドクターにテストの結果を見てもらった時は

「この子は大丈夫よー。笑った顔かわいいし。あの先生はなんでも自閉症っていうけん。広汎性発達障害の軽度じゃね」

なんて言われて、主治医のドクターは次回の予約を前に退職されてしまわれたので、結局のところひろは「自閉症」なのか「広汎性発達障害」なのかよく分からないままですあせる

まぁ、何はともあれ、療育手帳もB判定で交付され、やーっと療育のスタート地点に立てた私とひろ。

不安もあるけれど、これから頑張るぞーって思ったあの日でした。

-----------------------------------------------------------------------------------

確かに社会は偏見に満ちていて、障害のある人が生きやすい世の中ではない。

でも、障害があってもイキイキと生活をしてる人がいて。優しく手助けをしてくれる人もいて。

世の中捨てたモノじゃないよねってことも、ボランティアをしていて強く感じたんです。

その頃、何よりも強く深く感じていたのが、いろんな不安や葛藤と闘いながらも、明るく笑ってるお母さん達の凄さ。

診断を受けた時、真っ先に今までに出会ったお母さん達の姿が思い浮かんだんです。

私もあんなふうになれるように頑張らなくちゃって。

前向きな時もあれば、後ろ向きな時もあるけど、愚痴をこぼせる仲間がいて、「大丈夫だよー。よく頑張ってるよー」って励ましてくれる人たちが、私の周りにはたくさんいます。

ひろのことを理解し、支えてくれる施設や幼稚園にも出会えて、ホントに恵まれた環境にいるんだって感謝してもしきれないです。

いろんな人に支えてもらっている分、自分も何かの形で誰かを支えられる人になれたらいいなと思っている今日この頃。

とりあえず今日はこの辺でおしまいにします。うまいこと締められず、ごめんなさいガーン

ながーい文章、読んでいただいてありがとうございました♪


by.ちあき
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by teotsunagou | 2009-09-18 22:52 | 診断までの道のり
9月12日ランチ会
本日は、あいにくの雨でしたが・・・

廿日市市の愛プラザにて、オフ会を開催しました!

オフ会のようすを、少しだけアップしますヽ(*´Д`*)ノ


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ブランコがとっても気に入ったナルちゃん♪



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畳スペースで、子供たちを気にしつつ、ママたちおしゃべり

話は尽きず、いつもあっという間に時間が過ぎていくのです・・・
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by teotsunagou | 2009-09-12 17:36 | ランチ会の様子
【Aーちゃん】の道のり①
会長のyasucoです。

今日は、愛息子のA-ちゃんの「診断までの道のり①」をつづります。



はじめます。ベル


私は、自分自身の家庭運に恵まれなかったので、

自分が築く家庭に、夢と希望と願望を持っていました。

それから、

恵まれなかったからこそ学んだいろんな事を忘れず、

それらを貫く意志を強く持って生きていました。


「私は、我が子を何よりも、誰よりも愛する母親になれる」


私は根っこが、恐ろしいほど、前向きなんです。(たぶん)


いつもの根拠のない自信で、

母性の強さを自覚していました。

っというより、

普段から、情にもろく、愛深き人物です。(自称)



人生設計:23歳で母に。



そういう人生設計も、もろく崩れさっていた三十路間近の

29歳の冬。


Aーちゃん誕生。



もー、本当に可愛くって。

こんなにも愛おしいものがあるんだ・・・

そう思いながら、過ごしていました。


実家への産後の里帰りもできず、

それどころか、二回目の離婚と更年期が重なって、

私よりも自分で一杯一杯の母からのどんよりした電話。

妹が「母に頼まれて来ました」と来てくれても、

「どう干せばいいかわからんし、約束あるけ」っと

洗濯機にかけてくれただけの洗濯物を置いて帰られる私・・・


なんて頼りない家族なんじゃ( ̄∩ ̄#


そんなぶつけどころのない怒りと、

自分がしんどい時に甘えられる存在がいない寂しさ、

そして、何より、

人の事ばっかり考えて、


負担になりたくない。

甘えて拒否されたくない。

弱いところは見せられない。



そうやって、素直に人に甘えられない自分にうんざりしながら、


初めての育児を、一人で頑張っていました。


頑張ってた割りには、

この頃のAちゃんについて・・・あまり覚えていません(;´▽`A``


たたひたすら、毎日毎日可愛いなぁーって思ってました。




②へ続く・・・
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by teotsunagou | 2009-09-04 14:42 | 診断までの道のり
RU☆RIの場合
長文なので、覚悟して読んで下さいね(笑)。




ナルはB型。

かなりのマイペースで、かなりの不思議ちゃん。
…だと思ってた。

ただの、『不思議ちゃん』なんだと…。


でも、2歳を過ぎてもほとんどしゃべらないナル。
言葉が遅いのがとっても気にはなっていたけど、でも、きっと、今は言葉を頭に貯めてる時で、もう少ししたらイッキに溢れてくるんだと信じてた。

3歳頃、しゃべり始めたものの、ほぼ全てが『オウム返し』。
母が「おやつ食べる??」と言うと「?」の部分まで見事にコピーしてしゃべってた。

それでも、いつかは自発的にしゃべるようになると信じる一方で、「ナルは何かあるんじゃないか??」と思わずにはおれないような行動が出てきてて(クレーン動作や鏡に執着する)…。

でも、そんなハズはないと一抹の不安を必死にかき消してた。
見てみないフリしてた。

大切なわが子なのに…。

一生懸命にかき消している不安はどんどん大きくなり、ついには3歳半…ちょうどクリスマスシーズンの頃に、お店にあるクリスマスツリーの飾りを見つけると一目散に駆け寄って、いつもなら「帰るよ~~」と言ったり手をクイっと軽く引くとついてきてたのに、飾りにかじりつくとヒルのように吸い付いて離れなくなった。


○言葉が遅い
○クレーン動作
○光物が好き
○鏡に執着する


インターネットで調べたら、これらの特徴に当てはまるものが1つヒットした。


それが、


『自閉症』


ここにたどり着いた瞬間。
血の気が引いた。


「うそでしょ!?」

信じたくなかった。


「いや、違うわ。自閉症じゃなくて、ナルの場合はB型だし、個性だわ!!」と必死で自分に言い聞かせた。

そして、これも見なかったことにして、忘れることにしたんだけど…。

その日から、ナルをみると全てが『自閉症』の特徴に見えてきて、今までに経験したことのないような苛立ちと不安と恐怖が一気に押し寄せてきて、正直、大切なわが子を「かわいい」と思えなくなっていた。


そんな時、(母は10年ぐらい茶道を習ってたんだけど、そのお弟子さん仲間の)元養護学校で働いていたおばちゃんが、ナルを連れてお稽古に行ってた時にナルを見て、どうも気になったようで…。
母には直接言いにくかったみたいで、一緒にお稽古に行ってた母の高校からの親友に「ナルちゃん、すごい気になる」と言ってたの。
デリケートなことなので、おばちゃんは自分から言うよりも、昔から仲のいい親友から言う方がいいかと思ってそうしたみたい。

それを親友から聞いた時、母はもう限界にきていた。

前に住んでたとこはみんな成長がのんびりさんだったので、そこまで気にならなかったんだけど(ナルの同級生もいなかったし)、今の家に引っ越してきて、ナルの同級生がたくさんいるんだけど、どの子を見てもしっかりしてて、衝撃を受けたの。

「やっぱりナルは何かある」

それが疑いから確信へ変わった頃に、親友から聞いたおばちゃんの言葉。


もう少しで3歳半健診があったけど、保健センターに電話して『児童相談』の予約を入れた。

児童相談は、児童相談所のスタッフと保健師と2人いて、児童相談所の人はナルにちょっとしたテストをしたり、母に生育暦を聞いてきた。
その間、ナルは保健師に遊んでもらっていた。

…結果は、「療育センターに行って、詳しく調べてもらった方がいい」と。


やっぱり、ナルは自閉症なんだ!!!

『療育センター=障害がある』
こんな勝手な方程式を作りだしていた母には、もうショックで…。

涙が止まらなかった。

この日に療育センターに予約を入れてもらって受診するまでの2ヶ月。

それはもう地獄のようだった。

ほぼ何かしら障害があると言われたようなもんだと思っていたけど、でも、どこかで「やっぱり違ってました~~。ただののんびりちゃんですよ」って言われることを期待してて。
でも、ナルのすることなすこと全てが自閉症の特徴のように思えて、キツク叱りつける日々が続いた。

そんな母にナルが怯えていたような気がする…。


で、療育センターを受診。
発達テストをして、先生が結果を遠まわしに言葉を選んで言うので、「私はナルが自閉症なんではないかと思ってここに来たんです。もしそうならハッキリ言って下さい。」と言うと、先生も「じゃあ…」と。


「ナルちゃんは、『広汎性発達障害』です。」


はて??


コウハンセイハタッツショウガイ???


自閉症とは言わずに、こう言うんだそうな。

ナルは診断を受けた時点では、自閉性は軽度だけどしっかりあって、知能はグレーなんだそうです。

でも、これから成長していくにつれて変化してくるとのこと。


ショックというよりもね、ホッとした。

今までの『??』が全部つながったような気がしたし、これからの方向性も見えてきたから。


母の気持ちが落ち着いたのがナルにも伝わったのか、その日からナルにも笑顔が増えたような気がした。


そんぐらい、荒れてたんだな…母は。


ごめんね、ナル。

これから一緒に頑張って成長していこうね!!
と誓ったのでした…。


By.Ru☆ri
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by teotsunagou | 2009-09-02 11:44 | 診断までの道のり
【ありがとう】の気持ち
ママになって5年とちょっと。

たくさんの友人・親友が出来ました。

縁のなかった友人もいるけど・・・

同じ悩みを抱えた同士の友人。

悩みは違っても赤ちゃんの頃から
ずっとお互いの成長を見てきた友人。


心から信頼できて

       感謝できて
       大切だと思える心友です。


どんな時も味方で
どんな時も楽しくて
どんな時も一緒に居てくれる。


無理矢理悪口を言おうと思っても
何にも出てこない。

それだけ、大切で信頼していて大好きだから。


私は、彼女たちにたくさん救われ支えられています。

私は、1人じゃ生きられないから。
たくさんの人たちに支えてもらって生きています。
どんも。きのこも。旦那も。


ありがとう。をいくつ並べても足りないくらい
感謝しています。


周りのほんの少しでも私たちの支えとなってくれている人たちに

ありがとう。


************************************

昔、金八先生で観た詩。


便所掃除           浜口国雄

 とびらを開けます。
頭のしんまでくさくなります。
まともに見ることができません。
神経までしびれるかなしい汚し方です。
すんだ夜明けの空気までくさくします。
そうじがいっぺんにいやになります。

どうして落ち着いてくれないのでしょう。
けつの穴でも曲がっているのでしょう。
それともよっぽどあわてたのでしょう。
おこったところで美しくなりません。
美しくするのがぼくらのつとめです。
美しい世の中もこんなところから出発するのでしょう。

くちびるをかみしめ、戸のさんに足をかけます。
静かに水を流します。
ババぐそに、おそるおそるタワシをあてます。
ボトン、ボトン、便つぼに落ちます。
ガス弾が、鼻の頭で破裂したほど、苦しい空気が発散します。
心臓、爪の先までくさくします。
落とすたびに、くそがはねあがって弱ります。

かわいたくそはなかなかとれません。
たわしに砂をつけます。
手を突き入れてみがきます。
汚水が顔にかかります。
くちびるにもつきます。
そんなことにかまっていられません。
ゴリゴリ美しくするのが目的です。
その手でいたずら書き、ぬりつけたくそも落とします。

潮風がつぼから顔をなであげます。
心もくそになれてきます。
水を流します。
心に、しみたくさみを流すほど、流します。
雑巾でふきます。
キンカクシのウラまでていねいにふきます。

もう一度水をかけます。
雑巾で仕上げをいたします。
せんざいをまきます。
白い液体から新鮮な一瞬が流れます。

静かな、うれしい気持ちですわってみます。
朝の光が便所に反射します。
せんざいが、くそつぼの中から、七色の光で照らします。

便所を美しくする娘は、
美しい子どもをうむ、といった母を思い出します。
ぼくは、男です。
美しい妻に会えるかもしれません。

*****************************************

どんときのこが通所している療育センターにも
障害者の方々が便所掃除をしてくれています。
いつもトイレはピカピカです。
すれ違うたびに、明るく【こんにちは~】と声をかけてくれます。

少し前まで、この人たちに偏見を持っていた自分が
はずかしくなります。

誰もが嫌がる仕事を、やってくれる人がいるからこそ
私たちは気持ちよくトイレを使えるのです。

トイレだけじゃなく、2人の通う柏学園では大人の障害者の方々が
小さな部品の組み立てをしたり、箱を組み立てたりして働いています。

こういう人たちがいてくれるからこそ、車が出来たり、家が建ったり
売り物になったりしている事に気が付かされました。


今は、ありがとうと心から感謝しています。


子供たちにも、 ありがとう
を大切にして生きていってもらいたいです。
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by teotsunagou | 2009-09-01 11:59 | 日々のこと